Column

ねこの手コラム

「お互い様」の精神を次世代へ。雇用契約の「重み」と、信頼で結ばれる労働市場の再構築

 社会保険労務士として日々多くの現場に携わる中で、私は今の日本の労働市場が大きな転換期を迎えていると感じています。それは、かつての日本社会を支えていた「お互い様」「お陰様」という相互の信頼関係が、少しずつ形を変え、時には失われつつあるのではないかという懸念です。

 

 現代は、SNSや口コミサイトによって企業側の情報が容易に可視化される時代です。それ自体は透明性を高める良い側面もありますが、一方で、一方的な不満や断片的な情報だけで企業が判断されてしまうという「情報の非対称性」も生じています。

 

 こうした時代だからこそ、私たちは改めて「雇用契約の重み」について考える必要があるのではないでしょうか。

 

1. 権利の主張と、それに伴う「責任」

 

 労働人口が減少する中で、労働者の権利が守られることは当然のことであり、極めて重要です。しかし、本来「契約」とは、双方が権利を行使すると同時に、相応の責任を果たすという約束の上に成り立つものです。

 

 昨今、話題に上る「退職代行」の利用についても、深刻なハラスメントなどから身を守るための「最後の救済」としての役割がある一方で、単に「引き継ぎが面倒」「対話が気まずい」といった理由で、社会人としての責任を回避するために利用されるケースも見受けられます。

 

 安易な関係断絶は、残された同僚に負担を強いるだけでなく、働く人自身の「信用」という目に見えない資産を損なうことにも繋がりかねません。

 

 

2. 変化を求められる企業側の姿勢

 

 一方で、企業側もまた、これまでの労務管理のあり方を真摯に見直す時期に来ています。旧態依然とした一方的な管理体制や、法令遵守を軽視する姿勢を改めない組織は、これからの労働市場において選ばれ続けることは難しくなるでしょう。

 

 企業は「守られる側」から、自ら襟を正し、「誠実な運営をしている」ことを証明していく側へと変わらなければなりません。

 

 

3. 信頼を可視化し、真面目な人が報われる社会へ

 

 私が理想とするのは、企業と労働者が、一時の利害ではなく「長く続く信頼」で結ばれる社会です。

 

 クレジットカードに信用履歴(クレヒス)があるように、仕事においても「どれだけ誠実に職務を全うし、約束を守ってきたか」という履歴が、その人の価値として正当に評価される仕組み。そして、誠実に努力する企業が「良い会社」として正当に認知される仕組み。

 

 こうした「信頼の可視化」が進むことで、不誠実な体制は自然と淘汰され、責任感を持って働く人がより良い条件で迎え入れられる、健全な自浄作用が働くはずです。

 

 

 雇用契約は、人と組織が互いの未来を託し合う、非常に重く、そして尊い約束です。

 

 私たちは、単なる手続きの代行にとどまらず、顧問先企業の皆様と共に、この「信頼」という無形の資産を大切にする組織づくりを支援してまいります。

 

 日本人が大切にしてきた「お陰様」の精神を、新しい時代のスタンダードへ。

 

 そんな、誇りを持って働ける労働市場を、皆様と共に創り上げていきたいと願っています。

 

 

社会保険労務士 猫田 一城